表現者クライテリオン 2018年9月号

特集
座談会:庶民からの反逆——市場から社会を防衛するのは誰か/小浜逸郎・藤井聡・柴山桂太・浜崎洋介
ポピュリズムの原点と変質——今求められる原点回帰/薬師院仁志
自由民主主義諸国の危機への警鐘 「ポピュリズム」を真摯に捉えよ/施光恒
グローバリズムに掻き消された「国民」の声/黒宮一太
稗史小説と知識人/呉智英
リベラル・デモクラシーのディレンマとポピュリズム——ポピュリズムに寄生される保守/藤本龍児
庶民とエリートを隔てる「文化の壁」/川端祐一郎
ポピュリズム・オブ・ザ・デッド/佐藤健志(一言一会)

〔連載座談会 対米従属文学論 第2回〕
テーマ:「戦後的日常」への頽落——「第三の新人」をめぐって
批評作品:小島信夫『アメリカンスクール』、安岡章太郎『ガラスの靴』
 
〔連載〕
歴史と時間の認識に潜む危機/大石久和(「危機感のない日本」の危機)
奇跡の断絶――阿佐ヶ谷住宅/松原隆一郎(時が作る場所)
農業ビジネスという世界戦争/堤未果(リレー連載「農は国の本なり」)※前回の概要はコチラ
オウム真理教と村上春樹(上)/富岡幸一郎(虚構と言語——戦後日本文学のアルケオロジー)
ドゴールの思想と行動 パートⅢ/伊藤貫(リアリスト外交の賢人たち)
「災害」を忘れた国家は、滅びる他なし/藤井聡(国土と国民の現象学)
主権をめぐる政治神学と歴史叙述/佐藤一進(実践としての歴史叙述)
あらためて「理性の限界」を問う/柴山桂太(「常識」を考える)
大正教養主義の蹉跌/浜崎洋介(近代/日本を繋ぐもの——日本近代批評史試論)
愚鈍さに秘められた智慧/川端祐一郎(思想と科学の間で)
北海道の虚像と実像1——北海道は食事がまずい/古川雄嗣(北海道、この見棄てられた大地)
新聞は啓蒙主義に立ち返れ/松林薫(逆張りのメディア論)
核武装論と平静論壇史の虚しさ/磨井慎吾(軸なき時代なかで——「表現者」論壇時評)
日本のアイデンティティ、京都/竹村公太郎(地形が作る日本の歴史)
緊縮財政が破壊した国内製造業/島倉原(<世界>を変える1枚のグラフ)
米朝の指導者ヨイショ合戦/佐藤健志(だからこの世は宇宙のジョーク)
江戸の園芸から考える日本の強み——園芸文化と日本人2/施光恒(やわらか日本文化論)
大人のコメディはニューヨークで——ニール・サイモン『おかしな二人』/鈴木ふさ子(時の旅へのエッセイ——ある街角から)
平成三十年五月~七月/藤井聡(編集長クライテリア日記)
戦略の基盤は、本質直観と物語りだ/野中郁次郎(危機と対峙する人間思考)
 
〔寄稿〕
土木差別の民族学 1——近現代編/中尾聡史
 
〔書評〕
『ゲッベルスと私─ナチ宣伝相秘書の独白』(ブルンヒルテ・ポムゼル+トーレ・D・ハンゼン著)/堀内賢人
『現代アートとは何か』(小崎哲哉著)/篠崎泰平
『ナショナリズムとは何か』(アントニー・D・スミス著)/佐藤慶治
『政治の衰退<上> ─フランス革命から民主主義の未来へ』(フランシス・フクヤマ著)/酒井佑陶
『論証のレトリック』(浅野楢英著)/藤田貫也

〔投稿〕
読者からの手紙